「うちはハラスメント研修をやっています」。多くの会社がそう答えます。では、労働局の担当者や、裁判で相手方の弁護士から「本当に全員が受けたのですか」「内容を理解していたと言えますか」と聞かれたとき、それを示す資料はすぐに出せるでしょうか。
研修は、実施しただけでは会社を守りません。実施したことを後から証明できて、はじめて意味を持ちます。2026年10月1日からはカスタマーハラスメント対策と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)対策が義務化され、研修の対象者も内容も広がります。記録の残し方を見直すには、ちょうどよい時期です。
この記事では、経営者・人事・総務の方に向けて、ハラスメント研修の「やった」をどう証明するか、何をどれだけ残せばよいかを整理します。
この記事の要点
- 証明に必要なのは「実施した」「全員が受けた」「理解した」の3層の記録
- 受講者名簿だけでは弱い。教材、受講ログ、理解度の結果、未受講者へのフォローまで残す
- 記録はバラバラに保管せず、年度ごとに一か所で取り出せる状態にしておく
なぜ「研修をやった」の証明が必要なのか
結論:労働局の調査、従業員とのトラブル、労災の場面で、会社が「何をしていたか」を客観的な資料で示す必要があるからです。
労働局の指導では「研修の実施」も見られている
都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)は、事業所に報告を求めたり訪問したりして、ハラスメント防止措置が講じられているかを確認しています。厚生労働省の「令和7年度 雇用均等関係法令の施行状況」によると、労働施策総合推進法(パワーハラスメント関係)では、3,034事業所で雇用管理の実態把握が行われ、そのうち1,714事業所(56.5%)で何らかの違反が確認されて、2,525件の是正指導が行われました。実態把握の対象になった事業所の半数以上で、指導を受けたことになります。
その内訳を見ると、「事業主の責務 研修の実施等」に関する是正指導が590件、全体の23.4%を占めています。法律上は努力義務にあたる部分ですが、それでも指導の対象になっているということです。研修について聞かれたとき、実施日や対象者、内容を示す資料がなければ、「実施している」と説明するのは難しくなります。
トラブルや労災の場面で問われる「会社は何をしていたか」
ハラスメントが起きて従業員が心身の不調をきたした場合、会社は安全配慮義務や使用者責任を問われることがあります。そのとき争点になるのが、会社が防止のためにどんな手を打っていたかです。
方針を定めて周知していたか。研修で何がハラスメントに当たるかを教えていたか。相談窓口を知らせていたか。これらは、口頭の説明ではなく、日付の入った資料で示す必要があります。研修の記録は、会社が教育を怠っていなかったことを示す材料の一つになります。もちろん記録があれば責任を免れるというものではありませんが、記録がなければ説明のしようがありません。
取組の有無で、ハラスメントの経験率は大きく変わる
記録を残す目的は、守りのためだけではありません。厚生労働省の「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」では、勤務先のハラスメント対策の取組状況別に、過去3年間にパワハラを受けた人の割合が示されています。
| 勤務先の取組状況(労働者の評価) | パワハラを受けた割合 |
|---|---|
| 積極的に取り組んでいる | 15.2% |
| 取り組んでいる | 16.2% |
| あまり取り組んでいない | 35.1% |
出典:厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」
取組が進んでいる職場ほど、ハラスメントの経験率は低くなっています。記録を取っておけば、誰がまだ受講していないのか、どの部署の理解が浅いのかがわかり、次の手を打てます。証明のための記録は、そのまま改善のためのデータにもなります。
2026年10月から、研修の対象と内容が広がる
2026年10月1日に施行される改正法で、カスハラ対策と就活セクハラ対策が企業の義務になります。どちらの指針でも、方針の周知・啓発の手段として研修が挙げられています。
カスハラでは、顧客や取引先に対応する従業員への研修が必要になります。就活セクハラでは、採用担当だけでなく、インターンシップを受け入れる部署やOB・OG訪問に応じる社員も対象になります。これまでの「管理職向けのパワハラ研修を年1回」という運用では、受講者の範囲も記録の量も足りなくなる可能性があります。
「やった」の証明は3つの層で考える
結論:研修の証明は「実施の記録」「受講の記録」「理解の記録」の3層で考えると、抜けがなくなります。
| 層 | 証明すること | 主な記録 |
|---|---|---|
| ① 実施 | いつ、どんな内容の研修を行ったか | 実施計画、教材・スライド、講師情報、案内文、実施報告書 |
| ② 受講 | 対象者の誰が、いつ受けたか | 受講者名簿、出欠記録、eラーニングの受講ログ、未受講者リスト |
| ③ 理解 | 内容を理解していたか | 理解度テストの結果、アンケート、確認書(誓約書) |
多くの会社で残っているのは①の一部と②の名簿だけです。しかし、トラブルの場面で相手方から出てくるのは「研修は受けたが、形だけだった」「動画を流していただけだった」という主張です。これに答えられるのは③の記録です。
また、①の教材を保存していない会社は意外に多くあります。「研修をやった」ことはわかっても、「何を教えたか」がわからなければ、方針や相談窓口を周知したことの証明になりません。
残すべき記録の一覧
結論:研修の前・当日・後の3つのタイミングで、次の記録を残しておくと安心です。
| タイミング | 残す記録 | ポイント |
|---|---|---|
| 研修前 | 年間の研修計画 | 対象者、テーマ、実施時期。義務化対応のテーマ(カスハラ・就活セクハラ)が入っているか |
| 研修の案内文・受講命令 | 業務として受講を指示したことがわかる文面と送信日 | |
| 教材(スライド、動画、配布資料) | 版と作成日を明記。改訂のたびに旧版も保存 | |
| 当日 | 受講者名簿・出欠記録 | 対象者全員のリストに受講有無を記録。署名や入退室記録があるとなおよい |
| 実施状況の記録 | 写真、オンラインの参加ログ、録画など | |
| 研修後 | 理解度テストの結果 | 設問と回答、点数、実施日時。合格基準を決めておく |
| アンケート | 理解できた点、わかりにくかった点、職場の課題 | |
| 未受講者への対応記録 | 再案内の日付、補講の実施日、最終的な受講完了日 | |
| 実施報告書 | 上記をまとめて決裁を受けたもの |
研修の中で、会社の方針、懲戒規定の内容、相談窓口の連絡先を説明した場合は、教材にそのページが含まれていることを確認してください。研修の記録が、そのまま「方針の周知」「相談窓口の周知」の記録を兼ねることになります。
研修の形式別、記録の残し方
結論:集合研修は「出席の確認」、オンライン研修は「参加の実態」、eラーニングは「受講ログと本人性」が記録のポイントです。
| 形式 | 残しやすい記録 | 弱くなりやすい点と対策 |
|---|---|---|
| 集合研修 | 署名入りの出席簿、会場写真、配布資料 | 途中退出がわからない。開始時と終了時の2回、出欠を取る |
| オンライン研修(ライブ) | 参加者ログ(入室・退室時刻)、録画 | カメラオフで「つないだだけ」になりやすい。終了後に理解度テストを課す |
| eラーニング | 受講開始・完了日時、視聴時間、テスト結果 | 早送り・流し見、本人以外の受講。個人IDでのログイン、設問への回答を完了条件にする |
特にeラーニングは、ログが自動で残るため証明に向いています。ただし、動画を最後まで再生したかどうかだけでは、理解していたことの証明にはなりません。設問に答え、一定の点数に達したことを完了の条件にすると、記録の説得力が上がります。
証拠として弱くなる典型パターン
結論:記録が「ある」ことと、「証明に使える」ことは違います。次のような状態は見直しが必要です。
- 名簿はあるが、教材が残っていない 何を教えたかがわからず、方針や窓口を周知した証明になりません。
- 対象者全員のリストがない 出席者の名簿しかないと、誰が受けていないのかが見えません。欠席者が放置されていても気づけません。
- 未受講者をそのままにしている トラブルの当事者が未受講者だった場合、会社の説明は難しくなります。
- 毎年同じ内容を繰り返している 法改正(2026年10月の義務化など)が教材に反映されていないと、内容が不十分と見られるおそれがあります。
- 理解度を確認していない 「形だけの研修だった」という主張に反論する材料がありません。
- 記録が部署や担当者ごとに散らばっている 担当者の異動や退職で、どこに何があるかわからなくなります。いざというときに数日かけて探すことになります。
- 管理職・役員が受講していない ハラスメントの行為者になりやすい立場の人が抜けていると、研修全体の実効性が疑われます。
研修実施報告書に入れておきたい項目
実施報告書は、研修ごとに1枚にまとめておくと、後から説明するときに役立ちます。次の項目を入れておくとよいでしょう。
- 研修名・テーマ(例:カスタマーハラスメント対策研修)
- 実施日時・形式(集合/オンライン/eラーニングの受講期間)
- 対象者の範囲と人数
- 受講者数・受講率、未受講者数
- 講師(社内・社外)と所属
- 研修内容の要旨(会社の方針、懲戒規定、相談窓口の説明を含むか)
- 使用した教材の名称と版
- 理解度テストの結果(平均点、基準未達の人数)
- アンケートで出た主な意見・職場の課題
- 未受講者・基準未達者へのフォロー予定
- 作成者・決裁者・決裁日
受講者名簿やテスト結果の明細は、報告書の添付資料として同じ場所に保管します。
記録の保存期間と管理ルール
結論:研修記録の保存期間を直接定めた法律の規定はありません。トラブルが後から表面化することを考え、少なくとも5年程度は保存しておくのが一つの目安です。
労働基準法では、労働者名簿や賃金台帳などの「労働関係に関する重要な書類」の保存期間が定められていますが、ハラスメント研修の記録について個別に期間を定めた規定はありません。
一方で、ハラスメントを原因とする損害賠償の請求は、被害から時間が経ってから起こされることがあります。民法では、生命・身体の侵害による損害賠償請求権は、損害と加害者を知った時から5年で時効にかかるとされています。こうした点を踏まえると、少なくとも5年程度、できれば従業員の在籍期間中とその後一定期間は保存しておくほうが安全です。具体的な期間は、顧問弁護士や社会保険労務士と相談して社内規程に定めてください。
管理のルールとしては、次の3点を決めておくと運用が安定します。
- 保管場所を一か所にする:年度・研修ごとのフォルダ、またはシステムで一元管理する
- 改ざんできない形で残す:PDF化や、編集履歴が残るシステムを使う
- 担当者が替わっても引き継げるようにする:保存場所と命名ルールを文書にしておく
受講記録やテスト結果は個人情報にあたります。閲覧できる人を人事・総務の担当者に限るなど、アクセス権限もあわせて決めておきましょう。
経営者・人事・総務、それぞれの役割
| 立場 | 主な役割 |
|---|---|
| 経営者 | 研修を「業務」として位置づけ、受講を指示する。自らも受講し、その記録を残す |
| 人事 | 年間計画の策定、対象者リストの管理、未受講者のフォロー、理解度の分析 |
| 総務・法務 | 教材の法改正対応、記録の保存ルールと保管場所の管理、実施報告書の決裁 |
| 現場の管理職 | 部下の受講を促す。業務の都合で受けられない人の日程を調整する |
PHYLAXでできること
記録を手作業で集めると、名簿、テスト結果、教材、未受講者の管理がそれぞれ別のファイルになり、年度をまたぐと追えなくなりがちです。
ハラスメント・コンプライアンス・メンタルヘルスの学習と診断をまとめて行えるクラウドサービス「PHYLAX(フィラクス)」では、従業員一人ひとりの受講状況と理解度スコアを管理画面で確認できます。設問への回答と解説を通じて学ぶ形式のため、「動画を流しただけ」ではなく、理解したかどうかを記録として残せます。理解度は「要復習」「基礎」「実務」「十分」の4段階で表示し、部署ごとの傾向も把握できます。2026年10月に義務化されるカスハラ・就活セクハラを含むハラスメント類型に対応し、外国籍の従業員には母国語での表示にも対応しています。
なお、ツールで記録を残すことは、ハラスメント防止措置の一部を効率化するものです。方針の策定や相談窓口の運用、事後対応の体制づくりとあわせてご検討ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. ハラスメント研修の実施は法律上の義務ですか?
A. 労働施策総合推進法などでは、労働者の理解を深めるための研修の実施等が事業主の責務(努力義務)とされています。また、各指針では、方針の周知・啓発の方法として研修が例示されています。厚生労働省の資料によると、令和7年度には「研修の実施等」に関する是正指導が590件ありました。
Q2. 研修の記録として最低限残すべきものは何ですか?
A. 教材、対象者全員のリストと受講の有無、実施日時の3つは最低限残してください。可能であれば、理解度テストの結果と未受講者へのフォロー記録も加えると、証明としての力が高まります。
Q3. 研修記録は何年保存すればよいですか?
A. 研修記録の保存期間を直接定めた法律の規定はありません。損害賠償請求の時効などを考慮し、少なくとも5年程度を目安に、顧問弁護士や社会保険労務士と相談して社内規程で定めることをおすすめします。
Q4. eラーニングの受講記録は証拠になりますか?
A. 受講開始・完了の日時や視聴時間、テスト結果が個人ごとに残るため、記録として活用できます。本人のIDでログインしていること、設問への回答を完了条件にしていることなどが、記録の信頼性を高めます。
Q5. 管理職や役員も受講の記録が必要ですか?
A. 必要です。ハラスメントの行為者になりやすい立場の人が受講していないと、研修の実効性が疑われます。経営者自身の受講記録も残しておきましょう。
Q6. カスハラや就活セクハラの義務化で、研修の記録に変化はありますか?
A. 研修の対象者とテーマが広がります。カスハラでは顧客や取引先に対応する従業員、就活セクハラでは採用担当やインターンシップの受け入れ部署、OB・OG訪問に応じる社員なども対象に含め、それぞれの受講記録を残す必要があります。
まとめ
ハラスメント研修は、実施したことを後から示せて、はじめて会社と従業員を守るものになります。
- 「実施」「受講」「理解」の3層で記録を残す
- 教材、対象者全員のリスト、理解度テストの結果、未受講者へのフォローまで揃える
- 研修ごとに実施報告書をまとめ、一か所で少なくとも5年程度は保存する
2026年10月のカスハラ・就活セクハラ対策の義務化で、研修の対象と内容はこれまでより広がります。「研修をやっています」と答えたときに、その裏付けをすぐに出せるか。この機会に、自社の記録を一度見直してみてください。
参考資料
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
- 厚生労働省「令和7年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001730947.pdf
- 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001259093.pdf
- 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf
- 厚生労働省「事業主が求職活動等における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第52号) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662589.pdf
