2026年10月2日、映画『ファーストボイス』が公開されます。1989年、日本で初めて「ハラスメント」が裁判で争われた実話に着想を得た作品で、綾瀬はるかさんが弁護士役を演じます。
公開の前日にあたる10月1日は、企業にカスタマーハラスメント対策と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)対策が義務づけられる日でもあります。「セクハラ」という言葉が広まり始めた時代から37年。職場のルールは大きく変わりましたが、ハラスメントがなくなったわけではありません。
この記事では、映画の紹介をきっかけに、日本初のハラスメント裁判と呼ばれる訴訟、その後の法制度の変化、そして今の企業が考えるべきことを、経営者・人事・総務の方に向けて整理します。本編の内容には触れていませんので、ご安心ください。
この記事の要点
- 『ファーストボイス』は、1989年の「日本初のハラスメント裁判」に着想を得た映画で、2026年10月2日に公開
- 日本初のセクハラ裁判として知られる福岡の訴訟では、1992年に会社の責任も認められた
- 1989年の「当たり前」が今は許されないように、今の「当たり前」も変わる。2026年10月の義務化はその最新の一歩
映画『ファーストボイス』とは
結論:『ファーストボイス』は、バブル期の1989年を舞台に、職場のハラスメントを訴えた女性と弁護士たちの前例のない裁判を描くリーガルエンターテインメント作品です。
報道や映画情報サイトで公表されている基本情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| タイトル | ファーストボイス |
| 公開日 | 2026年10月2日(金) |
| 監督 | 前田哲 |
| 脚本 | 橋本裕志 |
| 主な出演 | 綾瀬はるか(弁護士・朝日道子)、ファーストサマーウイカ(上原恵)、松本穂香(弁護士・藤野栞)ほか |
| 配給 | 松竹、ワーナー・ブラザース映画 |
| 原作 | なし(実話に着想を得たオリジナル作品) |
公表されているあらすじによると、お金にならない案件ばかり引き受けてしまう弁護士・朝日道子のもとに、職場で理不尽な嫌がらせを受けた女性が相談に訪れます。「100%負ける」と言われた前例のない裁判に、彼女たちは挑んでいきます。キャッチコピーは「『常識』に異議あり!世界を変えるのは、最初の勇気(ヒジョーシキ)。」です。
タイトルの「ファーストボイス」は、直訳すれば「最初の声」。誰も声を上げなかった時代に、最初に声を上げた人たちの物語だということが伝わってきます。
日本初の「ハラスメント裁判」とは
結論:日本で初めてセクシュアル・ハラスメントを正面から問うた民事裁判として知られるのが、1989年に福岡地方裁判所に提訴された「福岡セクシュアル・ハラスメント訴訟」です。
映画の公式情報では、特定の裁判をモデルにしたとは明示されていません。ここでは、映画の舞台と同じ1989年に起こされ、「日本初のセクハラ裁判」として広く知られている訴訟を紹介します。
福岡セクシュアル・ハラスメント訴訟の概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 提訴 | 1989年8月、福岡地方裁判所 |
| 原告 | 福岡の出版社で働いていた女性(匿名で提訴) |
| 被告 | 上司の編集長と、勤務先の会社 |
| 判決 | 1992年4月16日、原告の請求を一部認容 |
| 内容 | 編集長の言動を不法行為と認め、編集長と会社に連帯して165万円の支払いを命じた |
原告の女性は、上司から性的な内容を含む悪評を社内外に流され、最終的に職場を去ることになりました。弁護団は女性弁護士だけで構成され、その数は19人にのぼったと報じられています。
この判決で注目されたのは、行為者本人だけでなく、会社の責任も認められた点です。会社についても、働きやすい職場環境を整える配慮が十分でなかったとして、責任が認められました。「上司と部下の個人的なトラブル」で片づけられていた問題が、「会社が向き合うべき職場の問題」として扱われた、大きな転換点でした。
「セクシャル・ハラスメント」が流行語になった年
提訴と同じ1989年、「セクシャル・ハラスメント」は新語・流行語大賞の新語部門で金賞を受賞しています。言葉が広まったことで、それまで「よくあること」「我慢すること」とされていた言動に、ようやく名前がつきました。
ただ、名前がついたことと、職場の常識が変わることは別の話です。当時は「冗談の通じない人」「職場の和を乱す人」と見られることを恐れて、声を上げられない人が大半でした。映画のキャッチコピーにある「常識」という言葉は、この時代の空気をよく表しています。
1989年から2026年へ、ハラスメント法制の歩み
結論:1989年当時、職場のハラスメントを直接規制する法律はありませんでした。その後の37年で、企業の「配慮」から「措置義務」へ、対象もセクハラからパワハラ、カスハラへと広がってきました。
| 年 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1989年 | 福岡でセクハラをめぐる民事訴訟が提訴される。「セクシャル・ハラスメント」が新語・流行語大賞の新語部門金賞に |
| 1992年 | 福岡地裁が行為者と会社の責任を認める判決 |
| 1999年 | 改正男女雇用機会均等法が施行。事業主に女性労働者へのセクハラ防止の配慮義務 |
| 2007年 | 改正均等法が施行。セクハラ防止が「措置義務」になり、男性も対象に |
| 2017年 | 妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ等)の防止措置が義務化 |
| 2020年 | 改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)が施行。大企業にパワハラ防止措置を義務化(中小企業は2022年4月から) |
| 2026年10月 | カスタマーハラスメント対策と、求職者等に対するセクハラ対策が全企業の義務に |
1989年の時点では、裁判で争うには民法の不法行為などの一般的なルールに頼るしかありませんでした。今では、企業が講じるべき措置が法律と指針で具体的に定められています。
37年で変わったこと、変わっていないこと
結論:ハラスメントを受けたと答える人の割合は下がってきていますが、労働局への相談は今も年間数万件にのぼり、職場の問題であり続けています。
厚生労働省の「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間にハラスメントを受けたと答えた労働者の割合が、前回(令和2年度)より下がりました。
| ハラスメントの種類 | 令和2年度 | 令和5年度 |
|---|---|---|
| パワーハラスメント | 31.4% | 19.3% |
| セクシュアルハラスメント | 10.2% | 6.3% |
| 顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ) | 15.0% | 10.8% |
出典:厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」
法律で措置が義務づけられ、企業の取組が進んだことが、数字に表れていると考えられます。
一方で、都道府県労働局に寄せられた相談は、令和7年度の施行状況によると、パワーハラスメントが77,514件、セクシュアルハラスメントが8,723件でした。セクハラの経験率が6.3%ということは、裏を返せば、今も十数人に1人が職場でセクハラを受けたと感じているということです。
変わっていないこともあります。声を上げた人が「面倒な人」と見られてしまう空気、被害を訴えた人のほうが職場を去ることになる構図。1989年の原告が直面した問題は、形を変えて今の職場にも残っています。
映画が企業に投げかける3つの問い
結論:『ファーストボイス』のテーマは、今の企業にとっても他人事ではありません。特に次の3つは、経営者や人事担当者が自社に置き換えて考えたい問いです。
問1:自社の「常識」を疑えているか
1989年には「職場の潤滑油」とされていた冗談やからかいが、今ではセクハラとして懲戒の対象になります。同じことは、これからも起こります。
2026年10月からは、顧客や取引先からの理不尽な要求に「お客様だから」と従業員を耐えさせることや、インターンシップの学生を私的な食事に誘うことが、企業の対応が問われる問題として明確に位置づけられます。「うちの業界では普通」「昔からこうしてきた」という感覚こそ、見直しの対象です。
問2:「最初の声」を受け止める仕組みがあるか
ハラスメントの多くは、誰かが最初に声を上げることで表に出ます。その声が、上司に握りつぶされたり、相談した人が不利益を受けたりすれば、次に声を上げる人はいなくなります。
相談窓口があるか、窓口の存在が知られているか、相談した人が守られるか。法律で求められている措置は、突き詰めるとこの「最初の声」を受け止める仕組みです。
問3:「個人の問題」で片づけていないか
福岡の判決で会社の責任が認められてから30年以上が経ちました。それでも、ハラスメントが起きたときに「当人同士の問題」「本人の受け止め方の問題」として処理してしまう職場は少なくありません。
ハラスメントは、職場環境の問題です。方針を示し、教育を行い、相談を受け止め、再発を防ぐ。その仕組みをつくる責任は会社にあります。
映画を社内のハラスメント対策に活かすには
結論:映画は、ハラスメントを「自分ごと」として考えるきっかけになります。鑑賞を強制せず、感想を話し合う場として活用するのが効果的です。
研修の資料だけでは、ハラスメントの問題は「知識」にとどまりがちです。映画のように人の感情や葛藤が描かれた作品は、「もし自分がこの立場だったら」と想像するきっかけになります。
活用する場合は、次の点に気をつけてください。
- 鑑賞は任意にする:業務として鑑賞を義務づけると、時間外労働や費用負担の扱いが問題になります。関心のある人が自由に観られるよう、情報提供にとどめるのが無難です。
- 社内上映はしない:劇場公開作品を社内で上映するには、権利者の許諾が必要です。
- 感想を話し合う場をつくる:管理職の勉強会や社内報の企画として、観た人が感想を共有できる場を設けると、職場の対話が生まれます。
話し合いのテーマの例を挙げます。
- 1989年の職場で「当たり前」だったことのうち、今は問題になることは何か
- 自分の職場で、10年後に「あれはおかしかった」と言われそうな慣習はあるか
- 部下や同僚から相談を受けたとき、自分は最初に何と言うか
- 声を上げた人が孤立しないために、職場で何ができるか
- お客様や取引先からの理不尽な要求に、会社としてどう線を引くか
映画をきっかけにした対話は、研修で学んだ内容を自分の職場に結びつける助けになります。
2026年10月、企業が押さえておくべきこと
映画の公開と同じ時期に、企業には新しい義務が加わります。
カスタマーハラスメント対策では、会社としての基本方針の明確化と周知、対処方法のルール化、相談体制の整備、悪質な事案への対処方針づくりなど、10の措置が求められます。
求職者等に対するセクハラ対策では、面談やOB・OG訪問、インターンシップのルールを定めて社員と求職者に知らせること、求職者が使える相談窓口を設けることなどが求められます。
いずれも、方針を決めて終わりではなく、従業員への教育と、それを実施した記録が欠かせません。詳しくは、当ブログの「カスハラ対策の義務化で、企業がすべきこと」「就活セクハラ義務化、採用担当が押さえる3点」でも解説しています。
PHYLAXでできること
ハラスメント・コンプライアンス・メンタルヘルスの学習と診断をまとめて行えるクラウドサービス「PHYLAX(フィラクス)」では、パワハラ・セクハラに加え、2026年10月に義務化されるカスハラ・就活セクハラを含むハラスメント類型ごとの設問と解説で、従業員一人ひとりの理解度を確認できます。受講状況や理解度は管理画面で部署別に把握でき、教育を実施した記録としても活用できます。外国籍の従業員には母国語での表示にも対応しています。
1989年に「常識」だったことが、今は許されなくなりました。今の「常識」を見直すための学びを、職場全体で続ける仕組みとしてご検討ください。なお、ツールを導入しただけで法令上の措置がすべて完了するわけではありません。方針の策定や相談窓口の運用とあわせてご活用ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 映画『ファーストボイス』の公開日はいつですか?
A. 2026年10月2日(金)です。監督は前田哲さん、主演は綾瀬はるかさんで、松竹とワーナー・ブラザース映画が配給します。
Q2. 『ファーストボイス』は実話ですか?
A. 1989年に日本で初めて「ハラスメント」が裁判で争われた実話に着想を得た作品です。原作はなく、物語はオリジナルとして構成されています。
Q3. 日本初のセクハラ裁判とはどんな裁判ですか?
A. 1989年8月に福岡地方裁判所に提訴された「福岡セクシュアル・ハラスメント訴訟」が、日本初のセクハラ裁判として知られています。1992年4月16日の判決で、上司の言動が不法行為と認められ、上司と会社に連帯して165万円の支払いが命じられました。
Q4. 「セクハラ」という言葉はいつから使われていますか?
A. 1989年に「セクシャル・ハラスメント」が新語・流行語大賞の新語部門で金賞を受賞し、広く知られるようになりました。
Q5. 映画を社内研修で上映してもよいですか?
A. 劇場公開作品を社内で上映するには、権利者の許諾が必要です。社員には鑑賞を任意で勧め、観た人同士で感想を話し合う場を設けるなどの方法が現実的です。
Q6. 2026年10月に義務化されるハラスメント対策は何ですか?
A. 2026年10月1日から、カスタマーハラスメント対策(改正労働施策総合推進法)と、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策(改正男女雇用機会均等法)が、規模を問わずすべての企業の義務になります。
まとめ
映画『ファーストボイス』は、ハラスメントという言葉がようやく知られ始めた1989年に、最初に声を上げた人たちの物語です。
- 1989年の福岡の訴訟は、日本初のセクハラ裁判として知られ、1992年の判決では会社の責任も認められた
- その後の37年で、法律は企業の「配慮」から「措置義務」へと進み、対象はパワハラ、カスハラ、就活セクハラへと広がった
- ハラスメントの経験率は下がってきたが、職場の問題であることは変わらない
1989年の「常識」が今は通用しないように、今の職場の「常識」も、いずれ見直されるときが来ます。映画の公開と義務化の開始が重なるこの10月を、自社の当たり前を見直すきっかけにしてください。
参考資料
- 映画『ファーストボイス』公式サイト(松竹) https://movies.shochiku.co.jp/firstvoicemovie/
- 映画.com「ファーストボイス」作品情報 https://eiga.com/movie/106291/
- ウォーカープラス「綾瀬はるかが日本初の”ハラスメント裁判”に挑む!バブル期の実話着想映画『ファーストボイス』2026年10月公開」 https://www.walkerplus.com/article/1403169/
- Yahoo!ニュース 特集「『対等に働こうとしたからこそ疎まれた』――日本初のセクハラ裁判が変えたもの」 https://news.yahoo.co.jp/feature/896/
- 自由国民社「現代用語の基礎知識」選 T&D保険グループ 新語・流行語大賞(第6回・1989年) https://www.jiyu.co.jp/singo/index.php?eid=00006
- 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001259093.pdf
- 厚生労働省「令和7年度の都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001730947.pdf
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
