はじめに
ある日、自社の上司が部下を怒鳴りつける音声がSNSに投稿され、会社名と一緒に拡散していたとしたら、どうしますか。今は、こうしたことがどの会社にも起こり得る時代です。
パワハラは、もともとは社内の問題として扱われてきました。しかしSNSで拡散すると、社外の取引先や求職者、顧客にまで知られることになります。会社にとっては、コンプライアンスの問題であると同時に、信用の問題にもなります。
この記事では、経営者と人事・総務の担当者に向けて、次の内容を整理します。
- なぜパワハラはSNSで拡散するのか
- 拡散したとき、会社に何が起きるのか
- 上司の言動が問題になった事例
- 拡散したときの初動対応と、してはいけない対応
- 拡散を防ぐための予防策
なぜパワハラはSNSで拡散するのか
パワハラがSNSで拡散する背景には、「証拠が残りやすくなったこと」と「社内で言い出せないこと」の2つがあります。
証拠が残りやすくなった
スマートフォンがあれば、誰でもその場で録音や撮影ができます。チャットやメールも、画面を保存すればそのまま証拠になります。以前なら「言った、言わない」で終わっていた上司の言動も、今は音声や画像として残ります。
社内で言い出せない
社内に相談窓口がない、あっても知られていない、相談しても取り合ってもらえないと感じた人が、外部に訴える手段としてSNSを選ぶことが考えられます。本人ではなく、その場にいた同僚が投稿することもあります。
厚生労働省の令和5年度の調査では、過去3年間にパワハラを受けたと答えた労働者は19.3%でした。また、過去3年間にパワハラの相談があった企業は64.2%にのぼります。パワハラは、多くの会社にとって身近な問題です。その声が社内で受け止められるか、社外に出ていくかは、会社の仕組み次第です。
「上司の言動」が対象になりやすい
上司の言動は、会議や朝礼など、複数の人がいる場で行われることがあります。その分、録音や撮影をされやすく、「上司が部下をこう扱っている」という形で会社の姿勢そのものが問われます。
拡散したとき、会社に何が起きるのか
パワハラがSNSで拡散すると、会社には「法的な責任」と「信用への影響」の両方が生じます。拡散したかどうかにかかわらず、パワハラがあれば法的な責任は問われ得ます。拡散によって大きく変わるのは、信用への影響です。
法的な責任
| 責任 | 内容 |
|---|---|
| 使用者責任(民法715条) | 従業員が事業の執行について他人に与えた損害を、会社も賠償する責任 |
| 安全配慮義務(労働契約法5条) | 従業員が安全に働けるよう配慮する義務。ハラスメントの放置が義務違反とされることがある |
| 措置義務(労働施策総合推進法) | 方針の周知、相談体制の整備、事後の迅速で適切な対応など |
信用への影響
- 採用:求職者は、応募前に会社名で検索することがあります。拡散した投稿やその記事が検索結果に残ると、応募をやめるきっかけになります。
- 取引:取引先が、調達の際に人権やコンプライアンスへの取組を確かめることがあります。
- 従業員:拡散を知った従業員が「自分の会社は守ってくれない」と感じれば、離職につながることがあります。
- 管理職と人事の負担:事実確認や社内外への説明に、多くの時間が取られます。
一度ネットに出た投稿は、元の投稿が消されても、画面の保存や転載で残り続けることがあります。事実を確かめる前に会社名だけが広く知られることもあり、会社が主導権を取りにくいのが、SNSでの拡散の怪しいところです。
上司の言動が問題になった事例
上司の言動がコンプライアンス上の問題になった事例を、厚生労働省のハラスメント対策サイト「あかるい職場応援団」で紹介されている裁判例から紹介します。
部下への叱責メールを職場の十数名に送信した事例
保険会社のサービスセンターで、上司が部下に「意欲がない、やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」などと書いたメールを送りました。このメールは、本人だけでなく、同じ職場の従業員十数名にも送信されていました。
控訴審は、部下の処理件数を上げるためという目的は認めたうえで、表現が許容限度を超えて著しく相当性を欠くとして、不法行為の成立を認めました。慰謝料は5万円です。一審は業務指導の一環として請求を退けており、判断が分かれた事例でもあります。
この事例から分かるのは、次の2点です。
- 目的が正しくても、表現で問題になる:叱咤督励のつもりでも、退職を促すような表現は指導の範囲を超えたと評価され得ます。
- 「誰に見せたか」も問われる:判決は、送信範囲も考慮しています。大勢の前での叱責や、共有されたメールやチャットでの発言は、それだけで相手の負担を大きくします。
SNSの時代には、この「誰に見せたか」の範囲が、社内にとどまらなくなる可能性があります。社内向けのメールやチャットも、画面を保存されれば社外に出ていきます。
そのほかの事例
従業員のSNS投稿による情報漏えいや、上司の暴言が労災認定につながった事例などは、従業員のコンプライアンス違反と上司のハラスメント事例でまとめて紹介しています。
拡散したときにまず何をするか
パワハラの投稿が拡散したときに優先すべきなのは、「事実の確認」と「被害を受けた可能性のある従業員への配慮」です。会社の評判を守ることだけを考えた対応は、かえって状況を悪くすることがあります。
初動対応の手順
- 投稿を保存する:投稿の画面、URL、日時を記録します。後で消されても確かめられるようにするためです。
- 対応する人を決める:経営者、人事、広報など、社内で対応をまとめる人を決めます。コンプライアンス委員会がある会社では、委員会で扱うのも一つの方法です。
- 被害を受けた可能性のある従業員に配慮する:本人の意向を確かめ、必要に応じて行為者との接点を減らすなどの対応をします。
- 事実を確かめる:行為者とされた上司だけでなく、その場にいた人など第三者からも個別に話を聴きます。聞き取った内容は、事実のみを記録します。
- 専門家に相談する:投稿への対応や社外への説明には法的な判断が関わるため、顧問弁護士に早めに相談します。
- 事実に基づいて措置と説明を行う:事実が確認できたら、就業規則に基づく措置を検討します。社外への説明が必要な場合は、確認できた事実と今後の対応を伝えます。
- 再発防止策を講じる:研修や相談窓口の見直しなど、同じことを繰り返さないための対策を実施します。
してはいけない対応
| 対応 | 問題になる理由 |
|---|---|
| 投稿者探しを最優先にする | 相談や告発への報復と受け取られ、状況が悪化するおそれがある |
| 事実を確かめる前に「事実無根」と発表する | 後で事実と分かった場合、会社への信用を大きく損なう |
| 行為者とされた上司を、確認なしにかばう | 被害を受けた従業員や周囲が「会社は守ってくれない」と受け止める |
| 従業員に「何も話すな」と口止めする | 事実の隠蔽と受け取られ、新たな投稿を招くことがある |
| 投稿への返信で反論する | 議論が広がり、拡散を大きくすることがある |
特に注意したいのが、投稿者への対応です。会社には、ハラスメントの相談をした人や事実確認に協力した人を不利益に扱ってはならないという決まりがあります。投稿の内容に法的に問題がある場合も、どう対応するかは弁護士と相談して決めるべきです。
拡散を防ぐための予防策
いちばんの予防策は、パワハラそのものを減らすことと、「社外に訴える前に、社内で言い出せる」仕組みを作ることです。「SNSへの投稿を禁止する」だけでは、問題そのものはなくなりません。
1. 管理職が「線引き」を知る
上司の言動は、拡散のきっかけになりやすいものの一つです。管理職が、指導とパワハラの線引きや、部下から相談を受けたときの対応を知っていることが、予防の出発点です。管理職が迷いやすい場面は、管理職向け設問の記事で例題とあわせて紹介しています。
2. 相談窓口を「知られている」状態にする
相談窓口は、設けるだけでなく、従業員に知られていて初めて意味があります。パートや派遣社員も含めて、窓口の連絡先と、相談した人が不利益を受けないことを伝えます。社内の人には相談しにくい場合に備えて、社外の窓口を設ける方法もあります。
3. 小さな声に早く気づく
面談では言い出しにくい不満や不調もあります。定期的なメンタルヘルスチェックなどで、従業員の変化に早めに気づけるようにしておくことも大切です。
4. 教育の記録を残す
万一拡散したときに、「会社として何をしていたか」を示せるかどうかで、社外への説明の説得力が変わります。誰がいつ何を学び、どこまで理解したかを記録しておきましょう。
5. 従業員自身のSNS利用のルールも伝える
SNSでの拡散は、パワハラの告発だけではありません。従業員が何気なく投稿した動画に顧客情報が映り込むなど、情報漏えいにつながることもあります。ハラスメントとあわせて、SNSや情報管理のルールも学ぶ場を設けましょう。
取組を続けることには、副次的な効果もある
厚生労働省の令和5年度の企業調査では、ハラスメントの予防・解決に取り組んだことによる副次的な効果として、「職場のコミュニケーションが活性化する/風通しが良くなる」が39.1%、「会社への信頼感が高まる」が34.7%でした。社内で声を受け止める仕組みは、拡散の予防だけでなく、職場そのものを良くすることにもつながります。
フィラクスでできること
ハラスメント・コンプライアンス・メンタルヘルス対策クラウド「フィラクス(PHYLAX)」は、上の予防策のうち1、3、4、5を支える仕組みです。
| 予防策 | フィラクスの機能 |
|---|---|
| 管理職が線引きを知る | 管理職向けの設問340問(弁護士監修)。場面ごとに「どう対応するか」を学ぶ |
| 小さな声に早く気づく | メンタルヘルスチェック。高ストレスの兆候や相談リクエストを管理画面で確認 |
| 教育の記録を残す | 受講日時・回答内容・理解度を自動で蓄積 |
| SNS利用のルールを伝える | コンプライアンスのテーマ「SNS・情報発信」「情報漏えい・機密管理」 |
相談窓口の設置と運用、拡散したときの個別の対応は、導入企業が行う部分です。フィラクスが担うのは、教育と周知、その記録、兆候の検知です。
企業・法人の方は、最大20名まで3ヶ月無料でお試しいただけます。終了後に、自動で有料プランへ移行することはありません。
よくある質問
Q. パワハラがSNSで拡散したら、会社はどんな責任を問われますか?
パワハラが事実であれば、民法715条の使用者責任や、労働契約法5条の安全配慮義務に基づく責任を問われることがあります。法的な責任は拡散したかどうかにかかわらず生じますが、拡散すると採用や取引など信用面の影響が大きくなります。
Q. 上司の言動は、どんな場合にコンプライアンス違反になりますか?
業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動で、部下の就業環境を害するものはパワハラに当たります。目的が指導であっても、退職を促すような表現や、大勢の前・一斉送信での叱責は、問題になりやすくなります。
Q. 自社のパワハラがSNSに投稿されたら、まず何をすべきですか?
投稿を保存し、社内で対応する人を決めます。そのうえで、被害を受けた可能性のある従業員への配慮と事実確認を進め、顧問弁護士に相談します。
Q. 投稿した従業員を探して処分してもよいですか?
投稿者探しを優先するのは避けましょう。相談や告発への報復と受け取られ、状況が悪化するおそれがあります。投稿の内容に問題がある場合も、対応は弁護士と相談して決めてください。
Q. コンプライアンス委員会でパワハラを扱ってもよいですか?
扱う会社はあります。ただし、相談者のプライバシーを守るため、委員会で共有する情報は必要な範囲に限ってください。
Q. SNSへの投稿を就業規則で禁止すれば防げますか?
業務上の秘密や顧客情報の投稿を禁じるルールは必要です。ただし、パワハラそのものがなくならなければ、問題は解決しません。管理職の教育と、社内で相談できる仕組みづくりが先です。
まとめ
スマートフォンとSNSの普及で、上司の言動は音声や画像として残り、社外に出ていく可能性があります。拡散すると、会社は法的な責任に加え、採用や取引など信用の面でも影響を受けます。
拡散したときは、投稿者探しよりも事実確認と従業員への配慮を優先します。そして何より大切なのは、管理職が線引きを知り、社内で声を上げられる仕組みを作っておくことです。
- お電話(24時間受付):070-2233-2540
- 公式サイト:フィラクス(PHYLAX)
- 管理職向けの設問を試す:15問チェック
この記事について
- 運営:コウヘイデザイン株式会社
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- 本記事は一般的な情報です。個別の事案への対応は、弁護士にご相談ください。
